2024
埼玉県立病院は2021年春に独立行政法人化をするため現在、最終調整に入っている。私は埼玉県議会の「福祉保健医療委員」として、昨年度、この課題に携わった。しかし、議会からの発案で、独立行政法人化を進めたわけではなく、県執行部病院局の主導で提案された経緯がある。そのため、議会では執行部の案を審査することで携わったという言い方が正しい。しかも、議員は医療の専門家ではないため、執行部の説明を聞くだけで、研究をして審議をする機会はほぼない。そこで、本研究を通して、埼玉県立病院の独立行政法人化を検証したい。
全国の自治体病院の地方独立行政法人化の検証*1
独立行政法人化するメリットとして挙げられるのは
- 地方公務員法の適用外となることにより、法人(病院)が独自に採用できるため、迅速な採用が可能(職員採用の自由化)。公立病院の場合は公営企業法の縛りを受けるため、職員の採用をする場合、翌年の予算付けまで待たねばならない。また、管理する本庁の職員も2-3年で変わるため継続的な計画が立てられない。
- 職員定数の制限がなくなり、必要な職員の増員が可能となるため、7対1看護基準への対応や、がんセンター総合整備後の医師、看護師等の増員が可能になる。これも、独法化の場合、理事長の判断により適切に採用職種も可能である。(職員採用の自由化)
- 事務職員をプロパー化することにより、診療報酬制度や病院経営に精通した職員の養成・配置ができるため、効率的な経営が可能(意思決定の迅速化)。予算の統制がないため必要な予算配分が可能。現場である理事長の裁量を尊重できる。
- 学会や共同研究など資質向上の機会への参加手続を簡素・柔軟化し参加の機会を拡大することにより、モチベーションの向上と医療技術の向上が期待できる。これも、公務員の縛りがなくなり、勤務時間の活用が柔軟になれる。医師としても、自己研鑽しやすくなり職場環境の向上につながる。
- 議会の議決を経た中期目標及び中期計画の下、3ないし5年間の中期的な視点で、各病院の医療機能の充実に必要な医師、看護師などの職員体制や病院施設、医療機器の整備を計画的に実現することが可能。
- 地方自治法の適用外となるため、病院の運営に必要な業務において、適切な契約形態を選択することが可能となり、安定したサービスの提供や発注規模を拡大しスケールメリットを享受することが可能
- 独立行政法人化した公立病院で、他会計負担が下落している。つまり、不採算事業については、基幹病院が補完して機構全体の経営黒字化を実現している。
- 今まで禁止されていた医師のアルバイトが、理事長の承認があれば可能となり、アルバイトへ行った先の病院等から患者を元の病院へ紹介することもありうるかもしれない。働き方、動き方が、自由になる。
デメリットとして懸念されるのは(⇒は解決方法)
- 業務量の増大。独自の会計制度の構築等、今までにない業務量増加⇒やむを得ない。
- 収益を上げるために診療科の増設など新たな取り組みをした場合は、民業圧迫にならないか。⇒PDCAサイクルなどを用いて設置者が目標達成のため事業を実施し、その結果について外部評価や公表により評価をするため、民業圧迫についても考慮した計画がされる。
- 不採算事業の医療政策に対する財源はどうか。不採算の政策医療の病床維持が厳しくなるが、病床維持や運営のための財源の担保についてどのような調整があるのか。
⇒地方独立行政法人法85条に、設立団体へ困難な事業については、財源確保を要求できる。同法42条にも同様な救済措置が明記されている。つまり、独立行政法人化自体が、負担金補助金が減らされる理由にはなり得ない。
また、地方独立行政法人は、県立病院を運営するために県が設置する法人である。法人が運営する病院は、県が議会の議決を経て定めた定款に明確に定められており、法人の判断で病院が廃止されるものではない。
県立病院が提供する医療サービスの内容は、県が、議会の議決を経て中期目標という形で定めて法人に指示する。法人は、その指示を受けて、医療サービスをいかに効率的効果的に提供していくかを中期計画として作成して、その中期計画を知事が議会の議決を経て認可し、法人はその計画に従って医療サービス提供していく仕組みである。
埼玉県の課題
県内で4つの病院を運営する埼玉県では、2021年4月1日の地方独立行政法人化を目指し、現在準備を進めている。独法化の最大の眼目は、医師の確保にある。人口10万人当たりの医師数は47都道府県中、埼玉県が最下位であり、医師が足りず、埼玉県はこの課題に長年、苛まれている*2。
埼玉県の医師不足の原因
- 人口約730万人の埼玉県には医学部を持つ大学は1つしかない上に、東京への通勤圏のため、東京に医師が流出してしまう。茨城、千葉、さらには医学部が4つある神奈川でも同様の課題を抱え、医師不足に直面している。このような状況で、今の公務員の条件を提示していたのでは医師を集めることができない。
- 埼玉県内に埼玉医科大学しか医学部がない。大学附属病院は自治医科大学、獨協医科大学、防衛医科大学ぐらいしかないため、医師、研修医がそもそも少ない。
- 医師数の足りない病院では、労働条件が過酷になる。キツイ勤務状況が医師離れを起こし、残された医師に来るしわ寄せがより厳しくなる悪循環で、新しい医師が来にくくなってしまう。
- 研修医が専門的に研修したいと思える研修医プログラムを有する病院がない。
- 人口が多く採算が取れやすい都市部での開業医の増加しているため、過疎地域については引き続き注視が必要。
- 「診療科別の偏在」3K(キツイ・キタナイ・キケン)の診療科を敬遠。産婦人科・小児科の医師不足が顕著で、下図のように、産婦人科・脳神経外科・神経内科の伸び率は悪い。
埼玉県病院局が考える県立病院の独立行政法人化の目的*3
- 医師の給与体系の見直し、それに伴う医師の採用増。つまり、医療の起点は医師の診察や各種オーダーであり、経営改善のカギは医師の採用増とモチベーションのアップにあると県執行部は考えている。
- 公務員の条件(医療職給与表)を提示しても医師が集まらない。埼玉県の医療に必要な医師に来てもらうために、どうすればいいかを考えた結果、医師の専門性と病院運営への貢献を手厚く評価し、メリハリのある処遇ができる年俸制の採用を検討。頑張っても見返りがない一方、頑張らなくても見返りがある今の給与体系を改めたい。
- 独法化にして医師の処遇を改善し、専門性の高い医師を集めて、埼玉県全体の医療を底上げすることを目指している。医師が多く集まれば、医療の幅が広がり、質も高まる。結果的に経営的にも改善すると考える。
- 独法化にして医師の処遇を改善し、専門性の高い医師を集めて、埼玉県全体の医療を底上げすることを目指している。医師が多く集まれば、医療の幅が広がり、質も高まるので、結果的に経営的にも改善することを期待している。
- 医師のキャリアを考えると、いい指導医がいる、高度で専門的な医療ができる、症例が豊富で経験を積むことができ、専門医の取得や更新が短期間で可能になるという条件が必要。その上で、経験やスキルを給与に反映することができれば医師は集まりやすくなると考える。
- 県立病院の職員は地方公務員である。他の職種では、55歳くらいまで給与が上がり、その後はだいたい横ばいになる。これに対して、埼玉県立病院の医師の給与を調べると、53歳前後をピークに給与が下がる。医師は(医療職給与表)に該当し、基本給は年齢とともに上がっていく一方、「初任給調整手当」は一定年齢に達したら下がる仕組みが導入されているためである。例えば、卒後5、6年目くらいの医師だと、基本給の他に、月々30万円程度の手当がつく。それがずっと続くが、40代頃から減り始める。60歳を超えるとほとんどつかなくなる。しかも、中には40代後半から管理職手当がつくようになる医師は、時間外勤務手当がつかなくなり、給与総額は下がるケースが多い。
- 公務員は、大学病院の医師などと異なり、兼業は公益性の高いもの以外は一切できない。県立病院の医師が、地元医師会の要請で週に1回、地域の診療所で専門外来を担当するような場合は認められるが、その場合も医師会から受け取る報酬を医師個人が受け取ることはできない。
注釈
*1
神奈川県「県立病院の地方独立行政法人への移行について」(最終閲覧2021年1月29日)
赤木一成「地方独立行政法人化後の現状について 『自治体病院を変える』」(最終閲覧2021年1月29日)
等を参照した。そのほかにも、埼玉県議会の配布資料も参照したが、メリットはこの程度だと思われる。
*2
この分析については、1学期の「データ対話型病院経営論」課題「埼玉県の医師不足解消に向けてのアウトライン」にて分析しており、本論添付に特性要因図と概念図を添付している。
*3
埼玉県病院局の主張については公開しているものとして、「独法化の最大の眼目は医師の確保 ー 岩中督・埼玉県病院事業管理者に聞く」(埼玉県立病院、独法化). m3.com (最終閲覧2021年1月29日)に詳しい。
考察
公営企業は公的企業組織のガバナンスでも指摘されているように、経営者のモラルハザード、つまり、赤字を補填してくれるから「親方日の丸」的な経営をしてしまう企業になりやすい。それを改善するため、独法化が図られる場合が多い。ただし、地方独立行政法人法85条にあるように、いざ赤字となった時には、公的資金が注入される仕組みであることには注意が必要である。
埼玉県としては、独立行政法人化の主目的を医師不足の解消としている。だが、県立病院の医師不足は確かに存在するが大問題となっているわけではない。県立病院は4つの専門病院からなる。つまり、小児医療・精神医療・循環器呼吸器・ガンの専門病院である。埼玉県の医師不足の問題は、北部医療圏の医師不足・診療科の偏在である。現在の計画では、県立病院の医師不足改善が仮にされても、埼玉県全体の医師不足の充足には遥かに及ばないと考える。
しかしながら、独法化によって職員給与の向上が図れることは、汎用的人的資本のインセンティブから考えても、優れた医師を集めるのは有効である。特に、医師不足の首都圏においては、好待遇の環境は生産性に見合った報酬が不可欠である。独法化後の県立病院の医師のアルバイト解禁も含め、県立病院がお金を稼げる環境になることは、先の述べた、公営企業組織のガバナンスにおける「効率性賃金」にも通じる考えであり、これが有効に働き、医師を集められるならば、埼玉県立病院の独法化は有効と言えよう。
それでは、最大目的の埼玉県の医師不足解消のためにはどうしたら良いのであろうか。現在、県立小児医療センターの小児科医等を医師確保の困難な地域の救急医療の拠点になる病院等へ当直要員等で派遣することで、勤務医の負担を軽減し、第二次小児救急医療輪番空白日の解消を図る政策を埼玉県が行っている。独法化によって、益々こうした診療科の医師不足解消に寄与が出来ると考えている。こうした制度を拡大活用することが重要であると考える。
つまり、県立病院が総合病院化、もしくは診療科を増やすことは、持続的な競争優位の点からも意義深いと思料する。県立病院は規模も大きく組織に根付いたノウハウ、組織能力。信用、ブランド。強みの複合・補完性と言った競争優位の源泉がある。また、県立病院の独法化によって民間病院を圧迫することが懸念されていることは、言い換えれば県立病院の競争優位性を何よりも表していると考えられる。県立病院にはそれだけ潜在的な競争優位性があると言えよう。この競争優位性を活用して、医師を埼玉県に呼び込みローテーションで医療過疎地域に派遣することが、最も能率的な医師不足解消につながる方策であると考える。引き続き、注視しつつ、今後も分析を進めたい。